昭和座跡(しょうわざあと)
 昭和のはじめ、現在の砂山町に演劇常設館として「昭和座」が造られた。1階2階合わせても70人ほどしか入れない、すべて畳敷きの小さな芝居小屋であった。
 上演されるものは下町の人々に一番うける人情ものが多かった。また、軍国時代の当時としては「軍国の母」物も上演され、人々の涙を誘った。しかし、トーキー映画に次第に押され、客数は減る一方となると同時に、益々拡大していく戦争のため、役者の数も段々に減り、昭和18年(1943)頃に閉館した。
 度々の空襲からも近所の民家と共にまぬがれることができたが、今はそれも取り壊され、きれいに整地され駐車場になっている。

 
 
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